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福岡地方裁判所久留米支部 昭和50年(ワ)161号 判決

原告 諸永勝義

原告 諸永ツユノ

右両名訴訟代理人弁護士 馬奈木昭雄

同 内田省司

同 江上武幸

同 諫山博

同 古原進

同 林健一郎

同 中村照美

同 本多俊之

同 小島肇

同 上田国広

同 岩城邦治

同 井手豊継

右両名訴訟復代理人弁護士 下田泰

被告 国

右代表者法務大臣 古井喜実

右訴訟代理人弁護士 原口酉男

右指定代理人 川勝隆之

〈ほか五名〉

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各々金九六四万三、九二〇円及びそれぞれに対する昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  原告ら勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡諸永康裕は、昭和五〇年七月一二日午後六時頃、佐賀県三養基郡三根町大字坂口所在の、築後川水系坂口川右岸の河川区域にある南北約四〇メートル、東西約二〇メートルの水溜り(以下本件水溜りという。)において、水遊び中、溺死した。

2  被告の責任原因

(一) 築後川水系坂口川は、河川法上一級河川の指定を受け、本件水溜り及びその周囲の地帯は河川敷として建設大臣の管理にかかるものであるが、建設大臣から管理権限の委任をうけた九州地方建設局長は、昭和四八年三月三日訴外築後川砂利砂協業組合に対し、坂口川における砂採取の許可を与えた。

(二) 築後川砂利砂協業組合は、右許可に基づき、砂採取のため本件水溜りにサンドポンプ船一隻を導入したが、その際本件水溜りをサンドポンプ船を導入するに足る水深(約一・二メートル)に至るまで掘削及び拡張した。その結果、本件水溜りは岸から急勾配な深みになった。

加えて、砂採取後本件水溜りの北方約二〇メートルから築後川本堤防下に至るまでの砂採取跡地が埋戻しにより広場となり、子供達がソフトボール等の遊び場として利用したり、大人もバレーボール等の行事を行うなど、子供達はじめ多くの人々が本件水溜りに容易に接近できるような状況になった。

(三) 被告は、このように本件水溜りがサンドポンプ船導入のための掘削により危険な状態となり、しかも砂採取後の埋戻しにより付近に広場ができて多くの人々が接近、利用するようになったのであるから、危険を防止するために、本件水溜りを埋戻すとか、防護柵を設ける等の措置を講じて、事故発生の危険を未然に防止すべき管理義務がある。仮りに本件水溜りが人為的に掘削されたものでなく、自然の水溜りであったとしても、前記のように、砂採取後埋戻しにより本件水溜り近くに広場ができ、子供を含む多数の人々が容易に出入りするようになったのであるから、被告は河川管理者としてその危険防止のため前同様の措置をとるべき義務がある。本件事故は右義務の違反により発生したものであるから原告らにつき生じた損害を国家賠償法二条一項により支払う義務がある。

3  損害

(一) 亡康裕の損害と相続

(1) 逸失利益 一、一四一万四、四四五円

亡康裕は、本件事故当時七才八か月の健康な男子であったから、本件事故がなければ、一八才から六七才までの四九年間稼働してこの間少くとも全男子労働者の平均収入程度の収入は得られた筈である。昭和四九年賃金センサス第一巻第一表によると、男子労働者の産業計、企業規模計、学歴計の全年令平均の年収は二〇四万六、七〇〇円であり、生活費を収入額の五割とし、ライプニッツ式計算法によって事故(死亡)時における亡康裕の逸失利益の価額を算定すると、一、一四一万四、四四五円となる。

(2) 慰藉料 二五〇万円

(3) 亡康裕の右損害合計は一、三九一万四、四四五円である。

(4) 原告両名は、亡康裕の両親であるから、右損害賠償請求権の各二分の一宛相続した。

(二) 原告らの損害

(1) 慰藉料 四〇〇万円

原告らは、長男康裕を本件事故により失って悲嘆のどん底に陥り、仕事も手につかず途方に暮れている状態であること、被告は本件事故の処理に全く誠意を示していないこと等を考慮すると、原告らの慰藉料は各々二〇〇万円をもって相当とする。

(2) 葬儀費用 三〇万円

(3) なお、原告らは、亡康裕の死亡により同人の一八才までの養育を免れることになったが、その額は月々平均一万円を要すると考えられるので、原告らが免れた養育費の総額をライプニッツ式計算法により、中間利息を控除して算定すると、九二万六、六〇四円となる。

(4) 弁護士費用 二〇〇万円

4  よって、原告らは、被告に対し、各各金九六四万三、九二〇円及びこれに対する事故の日である昭和五〇年七月一二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2のうち、(一)の事実は認めるが、その余の事実は争う。

本件水溜りは、その存する地域のヘドロ状の土質と干満の際の潮の満ち干等によって自然に発生したものであって、築後川砂利砂協業組合の砂採取の許可以前から存在するものである。そして砂採取を許可したところは、本件水溜りの北側で、最も近いところでも約一〇メートル離れていたのであるし、サンドポンプ船の導入の際も坂口川旧護岸から下流(南側)約二〇メートルの位置にあたる旧河岸を掘削し船の水深を確保して満潮時に導入したのであるから、右組合が本件水溜りを掘削したことはない。

仮りに本件水溜りが人為的に掘削されたものであるとしても被告には原告主張のような河川管用上の瑕疵はない。即ち公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の構造、用途、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合して通常予想される危険に備えていれば足りるのであって、あらゆる事故に備えて絶対の安全を備えることまで要するものではない。およそ河川は道路等の如く人為的に設置されたものと異り、自然に存在する状態で危険を包含するものである。

このような河川の管理の目的は河川の本来の機能を良好な状態に維持すること、換言すれば、河川について洪水、高潮による災害の発生を防止し、河川を適正に利用させ、流水の正常な機能を維持することに尽きる。そして水泳者等の河川の自由使用者は河川管理の結果河川を利用する事実上の利益を有するにすぎない。

従って、河川の管理に瑕疵があるとされるのは、河川の通常予見すべき危険、すなわち河川の機能喪失、減退等に伴う災害等に対して河川の通常備えるべき安全性を欠く場合を指すのであって、本件のように河川に不整形な河床、河岸が存在することはそれが河川管理の目的から見て、支障を生ずるようなものでない限り、河川の通常有すべき安全性を考える場合考慮すべき事柄でなく、不整形な河床、河岸が自由使用者に対して危険性を有するとしてもそのことをもって河川が通常有すべき安全性を欠くことにはならないというべきである。

そして、本件水溜りは、周辺全て河川法六条一項一号の「地形、草木の生茂の状況その他その状況が河川の流水が継続して存する土地に類する状況を呈している土地」に囲まれ、その北方は砂採取跡の埋立地を隔てて築後川本川の堤防ならびに築後川本川が、東方は坂口川を隔てて雑種地が、南方は右一号区域が続き、西方は坂口川の堤防を隔てて坂口部落の民家が点在するという、いわゆる田園地帯であり、また採取跡の埋立地と本件水溜りとの間はおよそ二〇ないし三〇メートルの距離があって、その間は低湿地帯のため干潮時でも泥沼の状態を呈し、アシ等の水生植物が繁茂していることもあって、水溜りに近づきえないような、いわば天然の防護柵が形成され、また本件水溜りの水質の汚濁の程度はひどく、およそ水泳等のできる場所ではなく、しかも本件事故現場付近一帯は日本住血吸虫病を媒介する宮入貝の多産地帯であることから、プールの設置について佐賀県より補助金を交付され、小学校にプールを設置する一方、学校等では右プール以外での水泳を堅く禁止してきた。このため本件事故現場で水泳等をする者は全く存しなかった。このような事故現場付近の場所的環境と利用状況においては、原告ら主張のような危険防止の措置をとらなかったからと言って、河川管理に瑕疵があったとはいえない。

3  請求原因3の事実は全て否認する。

4  請求原因4は争う。

三  抗弁

仮りに本件事故において被告に何らかの責任があるとしても、当時七才八か月の小学生であった亡康裕において、水泳等は学校のプール以外で行ってはならないことを十分了知しながら、あえてかかる場所で暴挙をおかしたことは亡康裕にも重大な過失があり、原告両名も親権者として子の監督を著しく怠った過失があり、これらの事情は過失相殺として損害賠償額の算定について斟酌さるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件水溜りが築後川砂利砂協業組合の砂採取により生じたものか否かについて検討する。

《証拠省略》を総合すると、訴外築後川砂利砂協業組合は、九州地方建設局長の許可に基づき、昭和四七年一〇月から昭和四八年三月末までの間、三期にわたり坂口川右岸の築後川本川堤防下辺りから本件水溜りの北側附近までの河川区域において、ブルドーザー、ガット船(掘削機船)、サンドポンプ船を使用して、北から次第に南下しながら砂採取(以下本件砂採取という。)を行ったこと、右組合は第四期の砂採取の許可を申請するため、右サンドポンプ船を、砂採取を完了した箇所の南に隣接する本件水溜り箇所に導入し、その際右サンドポンプ船を導入するに足る水深にするため右箇所を掘削したこと、その後第四期の砂採取は護岸工事予定のため許可されないことが判明し、昭和四八年四月初め頃右サンドポンプ船は坂口川本流に出ていったこと、右組合は昭和四八年七月頃までかかって山から土を運んで本件砂採取跡を埋め戻していったが、埋め戻しは本件水溜りから北方約二五メートルあたりまでしかなされなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、本件水溜りは、砂利砂協業組合の本件砂採取の際に生じたものと認めるのが相当である。

次に、本件水溜りを放置したことにつき、被告に管理上の瑕疵があるか否かについて検討する。

営造物の管理に瑕疵があるとは当該営造物が通常備えるべき安全性を欠く状態をいうが通常備えるべき安全性とは通常予想される危険を前提とすることはいうをまたず、河川の場合についてみると河川は道路橋梁建物等の営造物とは本質的に異なり自然に存在する状態で既に危険を包含するものであるから河川につき通常備えるべき安全性とは河川管理の本来の目的と切り離して考えることはできないところ、河川管理の目的は、河川について洪水、高潮等による災害の発生を防止したうえ、河川が適正に利用され及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することによって国土の保全と開発に寄与し、もって公共の安全を保持し、かつ公共の福祉を増進することにある(河川法一条)から、右のような河川そのものの機能の喪失、減退等に伴う災害等の危険に対する安全性を指称するものであり、水泳使用者等に対する関係では直接的に安全管理責任を負うものでないと解するのが相当である。

しかしながら本件の如く九州地方建設局長の許可に基づいて河川の従来の状態に変更を加えられたときは、一般の利用者がその変更に気付かずして従来どおりの使用を継続し危険の生ずるおそれのあることが予想され得るのであるから、このような場合には河川の安全性とは河川管理の本来の目的にとどまらず新たな状態に対し河川自体の性質、周囲の環境、従来の利用状況等を考慮して危険防除のため適切な処置をとることを要するといわねばならない。

そこで本件についてみるに、《証拠省略》によれば、

(一)  本件水溜りの約二〇メートル北方から築後川本川の堤防に至るまでの砂採取跡地は前記埋め戻しによって広場となっていたが、本件事故当時本件水溜りには防護柵や水泳禁止の立札等の設備は一切設けられていなかったこと

(二)  本件水溜りは坂口川の河川区域に属する低湿地帯の中に在って、本件事故当時その周囲には高さ約三〇センチメートルないし約一メートルに達する、よし、こも、たで、毒ぜり等の植物が生茂し、本件水溜りの北側は約二〇メートルにわたる低湿地帯の先に築後川本堤防に至るまで前記広場が、更にその北方は堤防及び築後川が続き、東側は約二〇メートルにわたる低湿地帯の先に坂口川本流が、更にその東方には人家のない雑種地が続き、南側はかなり先まで低湿地帯が続き、西側は数十メートルにわたる低湿地帯の先の旧堤防付近に僅かに人家が点在する程度であって、本件水溜りは極めて人気の少ない位置にあること

(三)  そして、本件水溜り及びその周辺の低湿地帯は満潮時には坂口川本流から水が流れ込み、付近一帯はたでや毒ぜり等の丈の低い植物が水面下に没する状況にあり、しかも本件水溜りの水は青味を帯びた黄土色を呈して濁っており、かつ水底の土が柔らかいため、足を踏み入れると捲き上がって混濁し易く、混濁していない状態での事故現場付近における透明度も約三〇センチメートルにすぎないこと

(四)  本件水溜り付近一帯は、宮入貝を中間宿主とする寄生虫病である日本住血吸虫病の感染地域であるため、その予防のため、佐賀県では日本住血吸虫病予防のための水浴場設置費補助金交付規則が制定され、また康裕の在籍していた三根東小学校でもプールが設けられており、同小学校ではプール以外での水泳を禁止していたこと

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

前記認定の事実によれば、本件水溜りは人家からはかなりかけ離れた位置にあり、その周囲には丈の高い水生植物が繁茂し、満潮時には本件水溜り周辺一帯は水面下に没するのであるから子供達は本件水溜りに容易に近づきえないうえ、本件水溜りの水は混濁しており、しかも学校からはプール以外での水泳を堅く禁止されていたというのであるから、本件水溜りで子供達が水泳等の水遊びをすることは常識上予測しうるところではない。

そうすると本件水溜りは河川の従来の状態に変更を加えられて生じたものであることは前記のとおりであるが、およそ右水溜りにおいて水泳等の水遊びをすることなど全く予測されない以上河川管理者としては、本件水溜りの管理をさきの目的にしたがい乱流による河岸の堤防の決壊防止などの観点からなせば足りるのであって、原告ら主張のような危険防止の措置をとらなかったからとしても、ただちに河川管理に瑕疵があったとはいえない。

そうすると、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当といわねばならない。

よって、原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田冨士也 裁判官 岡村道代 一宮和夫)

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